【藤原のぼやき】 #20 石屋職人不足!?

(2022年4月5日時点で書かれたものです。)

【藤原のぼやき】#20 石屋職人不足!?


前回の記事からまたしばらく時間が空いてしまった。新年度になったので最初の投稿をします。


当社には今年も24人の新入社員が入社となった。入社された方々、大変おめでとうございます。


俺にもこんな時代があった。当時も新人社員教育があって、日大生産工学部に行って授業と実習をした。夜は旅館だったが先輩社員が来て講義を受けたのを覚えている。2週間程度の新人社員教育だった気がするが、最終日に配置支店の辞令をもらって、次の日からの勤務になった当時も、事務系・技術系ははっきり分かれていたが、当社にはその線引きがない。私のような古い人間にとっては、驚きしかないが、最近入ってくる子はしっかり順応している。これも時代の流れなのかと思う。



目次

1.福島県沖地震(2022年3月16日)

 1-1 仙台城跡の被害

 1-2 石屋職人不足

 1-3 東北新幹線の被害

2.新入社員へ



福島県沖地震(2022316日)



仙台城跡の被害

 3月16日午後11時36分ごろ、強い地震が発生した。



引用:NHK『お家で学ぼう!for school』

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220317/k10013536631000.html


幸い大きな津波は発生しなかったが、あちらこちらに被害が発生した。

東北新幹線は脱線し、完全復旧までには相当な期間を要する見込みのようだ。また仙台市のシンボル伊達政宗の像が傾き、馬の足の部分が破断してしまったようだ。







引用:NHK『お家で学ぼう!for school』

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220317/k10013537091000.html



城跡の石垣復旧、積み直しだけでは地震に勝てない


仙台城跡の石垣崩落、東日本大震災からの復旧後7年でまた被災



引用:日経XTECH

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/032801007/



市内の仙台城跡で石垣の一部が崩落したと知った。城内で最も格式の高い本丸の石垣、延長計28mが崩落。


文化庁の方針により、国の史跡の復旧は伝統的な工法を用いる必要があるそうだが、強い地震が頻発する現代では、そうした工法で積まれた石垣の存続は厳しくなってきている。


そのため、東日本大震災で被災した際仙台城跡の復旧には、特例として本丸北西・酉門跡付近それぞれ、ジオテキスタイルで補強の上復旧していた。今回の崩落箇所は補強対象外の部分ではあったが。


崩落時の2次災害の危険性が特に高いと認められての特例だったが、これと同様の城跡への措置の考え方は、文化庁や自治体も共有している。


他の例では、16年の熊本地震で被災した熊本城跡の復旧工事がある。観光客が集中する天守閣の石垣を新開発の工法で補強することを、施工者の大林組が熊本市に提案。市は文化庁などと協議して認めた。


参考:日経XTECH

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01994/031800009/


 さすがスーパーゼネコン。写真管理の業務作業をいただいております。




引用:日経XTECH『ニュース解説:土木』

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00142/00678/?i_cid=nbpnxt_sied_blogcard



引用:大林組

https://www.obayashi.co.jp/solution_technology/detail/tech_d229.html



引用:JRTT 鉄道建設本部 工務本部

https://www.jrtt.go.jp/construction/asset/constHowtoCostSanrikuEW.pdf



石屋職人不足



石工の高齢化により石垣を積める人が少なくなっている。


 腕力、体力がいるし、何より経験が必要。次の段に積む石がどれかの判断が速いのには驚かされたし、どこを叩けば割れるかが即座に判断できる。


秋田県では、男鹿の寒風石・鳥海山の鳥海石が有名でその近辺に石工がいた。自分は花火で有名な大曲市の職人を使っていた。


そこにも昔から石切り場があったので、職人はいっぱいいたが、今は高齢化等でほとんどいなくなっていると思う。


 皇居の江戸城跡の石積を見たことがあるが、あまりの正確さと美しさにびっくりしたことを思い出す。


写真は山梨出張の際に見た山梨県甲府城の石組み。さすが武田信玄だと思った。





武田信玄は土木に力を注いだ武将。暴れ川だった山梨県甲斐市釜無川の洪水を収めるための施策を打った。牛枠(聖牛)・霞提もその当時作ったモノだが、今もその名をとどめている。


牛枠は今も洪水時に使っているが、これもやれる人材がいない。私の横手市では、大雄村水防団がありその団員しかやれないと思う。私は指導を受けてやり方はわかっているが今は体力的に無理だ。

引用:『牛枠』(https://www.sho-bond.co.jp/method/049.html)

引用:『霞提』(https://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/enc/words/02ka/ka-001.html)

引用:東京新聞

https://www.tokyo-np.co.jp/article/22232


いずれ先人はすごいと思うことばかりだ





東北新幹線の被害

地震の影響で東北新幹線も脱線してしまった。




引用:NHK『お家で学ぼう!for school』

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220317/k10013537161000.html



引用:JIJI.COM『時事ドットコムニュース』

https://www.jiji.com/jc/article?k=2022032100456&g=soc



引用:朝日新聞『テツの広場』

https://www.asahi.com/articles/ASP2G6DXDP2GUTIL039.html




2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震で被害のなかったところが今回、被害にあったらしいが、スラブ軌道の突起が壊れたのは初めてらしい。


スラブ軌道は40年以上前に出てきたもので今は相当進化していると思うが、このような結果になってしまったようだ。自分は20歳の時にスラブ軌道架設を一回体験した。


1995年の阪神淡路大震災以降、高架橋の柱のせん断破壊を防ぐための耐震補強は進んで鋼板巻立てが多くなってきている。鋼板巻立てはカエレルサービスをご利用いただいているゼネコンさんの写真でよく見ることがある。参考になる。


阪神淡路大震災で早期に復旧できたのは、桁そのものの損傷がなく、下部だけ直す工法にしたからと聞いたことがある。


今回もベントでステージングを組みジャッキアップして仮受けしておいて補修していくようにする工法になると思うが、最初の構造計算を確立した人には頭が下がる。


こういう災害が起きて改めてインフラの整備の大切さがわかる。皮肉なもんだ。

すべてに歴史があり先人が築き進化してきて今に至っている。


引用:『スラブ軌道とは』(https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=1425)

引用:『鉄鋼巻立て』(https://www.sho-bond.co.jp/method/049.html)



新入社員へ


失敗を恐れず、それをチャンスに変え、自分の仕事に夢とプライドを持ち頑張ってもらいたい。